なくなったら困るもの

 普段はその存在を考えることもなく、したがって存在価値がわからない、なくなって初めてその価値がわかるものがあります。この約10日間、雨が降ったり忙しかったりでブックオフをはじめとする本屋さんに全く行っていませんでした。今日はお天気にも恵まれましたので10時の開店を待って行ったのですが、自分の毎日の生活のなかで本や本屋さんがどれだけ大きな位置を占めているかがいまさらのようにではありますが改めてわかりました。やはりわたしは本や本屋さんがないと生活できないのです。いま、考えてみるとそうした「普通は気にもとめないけれど、なくなったら困るもの」はとても多いのではないかと思います。わたしの場合は友情、愛、おもいやり、友人など買えないものがほとんどだと思うのですが、普段考えたことがないのにかけがえのないものが身の回りにどれほどあるか考えたい。なくなったら困るものが買えるものの場合、それがなくなったら、と考えることは自己防衛意識とか危機管理力をつけるのに役立ち、なくなったら困るものが買えないものなら、愛情を育むのに効果があるのではないか、と思います。なくなったら困る-Oさん、Sさん、お元気でしょうか。

微笑んだアンケート

 質問アンケートが転送されてきました。恋愛に関する内容です。こうした質問を受けるのは恐らく初めてではないかと思いますがわたしならどのように答えるでしょうか。理想の相手はやはり自分にないものをもっている、向上心を忘れない優しい人になるのでしょうが、いざ質問にしっかり答えようと思うとかなり難しいと感じます。千葉大学の多湖輝さんは「相思相愛の男女は同じとき、同じ場所にいる確率が非常に高くなる。まわりの人が自然だと思えるような状況を上手に作り出して、何とかして一緒にいようとするのだ」と著書「読心術」のなかで書いていますが、このアンケートに答えるためには恋愛の心理学を勉強してからのほうがよさそうです。普段アンケートを記入する機会はなく、ましてや恋愛についての質問はこれまでなかっただけに微笑がもれましたが、自分がどんな恋愛感をもっているのか考えてみるのもたまにはたのしいのではないか、と思います。


 たち変わり月重なりて逢はねどもさね忘らへず面影にして

 思いつつ居れば苦しもぬばたまの夜に至らば我こそ行かめ

思い出した記事

 「わらし仙人」さんの「Aタイプ・Bタイプ分類」のことや一昨日のOさんとの打ち明け話があったからなのですが、「広告批評」の記事を思い出しました。インタビュー記事なのですが「ほんとうにたいせつなひとには自分のことをわかってほしいけれど、その他大勢にはどう思われようとかまわない。自分の感情のほうが常に勝ってしまう。自分の意に反することをしたら自分が納得できないから」というのです。一昨日「お互い変わった点があるし、そこを認めあったから意気投合したのではないか」という結論になったわけもお互いがお互いにとってその他大勢ではなかったからかもしれません。日本人はややもすると世間体を気にするところがありますが、この意見のような清々しさを感じさせる開き直りもおつきあいには必要なのではないか、と感じます。相互理解は難しいところもありますが、お互いが変わっているという共通点から始まる理解もあっていいのではないでしょうか。

考えさせられた共通点

 友人Oさんと飲む機会がありました。二人ともおだやかながらたのしいお酒です。お互い文学に関心があるので源氏物語のなかの歌や万葉集の相聞歌にどうしても話がいってしまうのですが、「もし結婚するとしたらどんな相手がいいか」という話題に自然になりました。わたしは「自分にないものをもっていてお互いに向上できる相手」と答えたのですが、女性同士で話をした結論はまず尊敬できる相手であること、共通点が多いこと、最後がルックスだったそうです。もしかしたらわたしの考えは「尊敬」にかなり近いのかもしれない、と思ったのですが、これは初対面のときから打ち解けることができた、という事実があったからかもしれません。女性が挙げる結婚の条件の最たるものが「尊敬」とは知らなかっただけにとても考えさせられました。相手のかたに対する尊敬の気持ちがあればお互い知らないうちに向上心や相手を理解しようとする思いが自然にうまれてくることは十分に考えられますが、考えさせられると同時に本当に嬉しくなったのも事実。こうした話を真剣にできる相手は少ないだけに、また機会をもてれば、作れればいいな、と思います。

応えてくれたもの

 今年もまたローズマリーの花が咲き出しました。4月にひとまわり大きな植木鉢に植え替えてからも晴れた日には日なたに出し、大事に育ててきた木です。薄紫の花が2、3輪開いたばかりですが、大事にすればやはり植物も応えてくれるのです。命の強さとか、ものはいわないけれどすくすくと伸びる若い枝に生命力とかを教えられた気になりました。愛情をこめて接すれば植物でも応えてくれるのですから、ましてやひとはそうでなければならないと改めて感じました。人間関係でもまず大事なのはやはり思いやりと優しさだと思いますが、これからもその気持ちを忘れないでいたい、「無財七施」の気持ちを大事にして植物にも、たいせつなひとにも接していきたいと思います。

友情は財産

 AMPから入金手続開始の通知があったことをMIXIで記事にしたところ早速3件の意見が寄せられました。こうしたときはほんとうにSNSの潜在力はすごい、と感じてしまうし、自分が書いたものは確かに読まれているのだ、と思うのですが、同時に同じコミュニティーに参加しているひと同士のつながりはかなり密接でしっかりしているのではないか、とも考えます。もし、つながりが親密でなければ今回の書込みもなかったかもしれません。それはもしかしたら友情に通じるものかもしれない、と思います。PCやネットを通じた結びつきは匿名性が高いだけに弱い、という意見もあるらしいですが、そうは思わないし、たとえそうであってもPCでうまれた結びつきは財産になれるのだ、と考えたい。初の入金手続開始通知の記事に「おめでとうございます」の書き込みをして下さった3人のみなさんの気持ちを大事にして振り返ってみたいと思います。

小さい目標設定の大切さ

 本をAMAZONに出品しているのですが今日初めて振込み手続き開始の連絡がありました。流石に嬉しいです。PCで収入をあげることは目標のひとつですが、それがわずかでも現実になったのですから嬉しい。初めての出品のときは「まず1冊売れる」ことを目標にしました。それが積み重なっていまでは6冊売れていますが最初の目標が1冊という小さなものだったことがよかったのかもしれないと思います。大きな目標を立てるのも大切でしょうが、まず何がいまできるのか考えることも大事でしょう。大きな目標の実現は小さな目標の実現の繰り返しであるかもしれません。今回の初の振込み通知でいろいろなことを考えさせられましたが、小さい目標をできるだけ具体的にたてて、その実現からまた始めようと思っています。

振り向きあうとき

 香山リカさんの本のなかのことばに目がとまりました。心が呼び合っている者同士は振り向き合う。それは男女間だけではなく友人や親子でもそうなのだ、というのです。わたしの場合はやはり友人かなあ、と思うのですが先日友人が言った「仏語を教えて」というひとことにすぐ「いいよ」と応じたのも心が呼び合ったからなのかもしれません。「心が呼び合う」という表現を目にしたのは初めてですが、とてもひかれました。振り向きあうとき、毎日の生活のなかでどれくらいあって、振り向いてほしいひとはどれくらいいるでしょうか。やさしさとかおもいやりにも通じる点があるかもしれません。たいせつなひとの存在を振り向き合うことの大切さとあわせて考えてみたいと思います。

「まず動く」

 心理学者多湖輝さんの著作の名前です。何か望みがあるとき、かなえたい夢があるとき、「これが実現できれば」とは誰しも考えるでしょうが、大事なのはその次にあるような気がします。ほんとうにその望みを現実にしたいなら、「まずできることは何か」と考え、少しでも行動を起こすはず。それを世間体とか、いわゆる常識を気にして動かない場合がほとんど、おそらく95%以上ではないかと考えるのですがどうでしょうか。今日、AMPでは1000円以上の値段がついている「どの勘定科目 すぐわかる仕訳事典」がまた買えました。これでこの本を買えたのは3回目ですが、「本を売って収入にしたい」という考えを行動に移したから
買えたのだし、いままで1回出品して1171円で売れたのです。当然ですが考えたままでしたら収入もなかったでしょう。具体的に「動く」ことの大切さ、これまでのAMPの収入から考えてみたいと思います。

たのしい万葉集

 毎週配信しているマガジンの編集後記に「万葉集」についての記事を書きました。個人的にはとてもすきな文学作品ですがやはりどうしても相聞歌に目が行ってしまいます。総数4500首のうち、相聞歌はどれくらいの割合になるのかわかりませんが、相当な数になるはず。今回、編集後記を書くために久し振りで第4巻を中心に読み返してみましたが、自分の気持ちにすなおになって相手の男性(女性)への思いをうたった歌がいかに多いか改めて感じました。1300年まえもいまも恋愛感情は変わらないのだと思います。せわしない毎日ではありますが、たまに古典を開くのも気持ちの余裕をとりもどすために大事なのではないか、という思いがします。
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